2017年8月25日金曜日

(K0116) みとり(日本初のホスピス大阪から) / 「寄り添う」(3) <臨死期>


===== 引用はじめ

 同僚からは「どう対処していいか分からない患者がいる」といった声が相次いだ。例えば、ある患者は「こんな体で天国に行けるのだろうか」と悩み、別の人は「苦しいのは罰が当たったからだ」と自分を責めていた。主治医では手に負えないスピリチュアルペイン(魂の苦痛)を抱えていたのだ。

===== 引用おわり
 

===== 引用はじめ

 (柏木医師は)73年の夏、外科医から、ある患者について相談を受けた。62歳の末期の直腸がんの男性で、がんの痛みと死への恐怖感から、うつ状態になっていた。複雑な家庭事情も抱え、主治医も対応に苦慮していた。

 そこで提案したのがチームアプローチだった。主治医と柏木さん、さらにソーシャルワーカーと看護師、牧師が週に一度話し合いながら、痛みの緩和や死に対する恐怖を取り除くカウンセリングを始めた。やがて男性の痛みも精神状態も、家族関係も改善していった。

 手応えを感じ、同年「OCDP」と名付けた院内勉強会を発足した。「Organized Care Of Dying Patient(死にゆく人々のへの系統的な配慮)の略です。病棟は持たないけれど、我が国初のホスピスプログラムでした」

===== 引用おわり
http://fucoxanthin-extra.com/?p=2000

 
===== 引用はじめ
 
 末期がん患者など死期の近い病人の苦痛を和らげながら、精神的援助を通じて生を全うできるよう看護するホスピスケア。ホスピス病棟設立は1981年の聖隷三方原病院(浜松市)が日本第1号だが、ホスピスケアの取り組みは73年、淀川キリスト教病院(大阪市東淀川区)で始まった。中心となったのが、同病院の柏木哲夫・名誉ホスピス長(金城学院大学長)だ。

===== 引用おわり
同上
 

===== 引用はじめ

 当初は延命治療をメインとする一般病棟でケアを行ったが、死にゆく患者にとって、治る見込みのある人と同じ病室で過ごすのは負担だ。
 柏木医師は専門施設を造ることに決め、寄付を募ると、目標の2億円が1年9カ月で集まった。「開拓者精神」への支援という関西人ならではの心意気も活動を後押しした。

===== 引用おわり

 

出典
「関西の力」/「第6部 祈り」/「第1章 寄り添う」/「第3項 みとり」
産経新聞(2017/08/17 夕刊)
添付写真は、ここから。

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