以前に「住民の孤立化防止」に取り組んでいた時に在宅介護支援センターの方から次のような話を聞いた。「助けを必要とする人がたくさんいる。助けを求めてくれれば、できることは色々ある。でも、助けを必要としているのに助けを求めてこない人に対しては、なかなか動けない」。
助けてと「言わない」「言えない」困窮者がいる。助けてと「言わせない」社会がある。何故、こうなってしまうのだろうか。
===== 引用はじめ
困窮者の抱える苦難は、抱えている問題の深刻さに加え、「助けてくれる人がいない」という「疎外」の現実から来ている。そして、「孤立」は「無縁」であると同時に「無援」の状態を指す。この「無縁」かつ「無援」の状態が問題解決をいっそう困難にさせる。「助けて」と叫んだにもかかわらず誰も助けてくれなかった。あるいは「助けて」と言うこと自体を諦めている。自己責任論が強まり、社会自体が無責任化する中で、このような「社会的シカト(無視)」状態が各所で見られる。「どうせ、助けてと言っても無駄」「『何を甘えているんだ、あなた自身の努力が足りない』と非難されるだけ」。そのような諦念が困窮者、とくに若年の困窮者を支配している。これは、自己責任論社会が「助けて」と言わせない社会であることを示している(この問題についてはNHKクローズアップ現代取材班『助けてと言えない――いま30代に何が』文藝春秋、2010年を参照)。
困窮者は「助けて」と言わない。しかし、それは先にふれた「どうせ言っても無駄」という諦めから来ているだけではない。さらに別の理由も存在する。すなわち困窮者自身、自分が困窮状態であることを知らない、気づいていないという現実があるのだ。
リーマンショック以後、ホームレス状態の若者と出会う機会が増えた。パトロール(巡回相談)において「大丈夫?」と声をかけるのだが、少なくない若者が「大丈夫です」と言って立ち去っていった。当初は彼らなりのプライドが邪魔をして容易には支援を受けたくないという心理がはたらいているのだろうと思っていた。なかには「僕は違いますから(ホームレスではない)」という返事をする若者もいた。あるいは、前述のごとく自己責任論社会が「助けて」と言わせないという現実もある。
それでも根気よく語りかけ、何とか応答してもらえるようになる。話を聴くと、すでに大変な事態となっている。しかし、もうすでに生命に関わるレベルで困窮しているという事態に本人が気づいていない。「まだ、大丈夫」は、やせ我慢ではなく、自分の状態がわかっていない、「ピンときていない」現実を示しているのだ。
では、なぜ困窮者は「ピンとこない」のか。それこそが孤立が生み出すもう一つの深刻な事態なのである。人間は、「私」というものをどのように認識するのか。人間は他者を通じて自分を認識する。私たちは、直接的に自分を認識するのではなく、他者との出会いや他者との関係の中で間接的に私を知るのだ。このことが「伴走」を考えるうえで大切な前提となる。「自分のことは自分が一番よくわかっている」と私たちは考えている。しかし、本当にそうだろうか。たとえば、人は生涯にわたり自分の顔を直接見ることはない。顔は大きな情報源である。私たちは、相手の「顔色」や「顔つき」を見ることで、その人の状態を測る。しかし、自分自身においては、その情報源を見ることはかなわない。よって、私たちは鏡に写して自分の顔を見る。そうして最低限、自分に関する情報を得るのだ。この鏡に当たるものが「他者」である。私たちは、鏡に映して自分を見るように、他者を介して自分を知る。
しかし、社会的孤立、無援の状態は、自分を映す鏡であるところの「他者」が不在であることを意味している。その結果、自己喪失状態を起こし、自分が現在困窮状況にあって、もはや誰かに助けを求めなくてはならないレベルであることさえ認識できないこととなる。支援を困難にさせるのは、本人の自己認識がないという現実そのものである。
この国の社会保障制度は、「申請主義」を原則としてきた。困窮者本人が自ら申請することで制度を活用することができた。しかし、それは自分の困窮状態を認識しており、自分には今助けが必要であると判断できていることが前提であった(しかし、たとえ申請できても、不当に受け付けられない事態――水際作戦――も起こったが)。だが、社会的孤立という他者不在状況に置かれることによって自己認識が不能となり、そもそも申請さえしない困窮者が現れたのだ。
===== 引用おわり
出典
市民福祉大学主催 市民福祉セミナー
「助けてと言えるために ~子ども・家族MARUGOTOプロジェクトの報告~」NPO法人抱樸 奥田知志 理事長 平成30年1月19日
奥田知志、稲月正、垣田裕介、堤圭史郎、
生活困窮者への伴走型支援-経済的困窮と社会的孤立に対応するトータルサポート明石書店(2014)
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