2017年7月28日金曜日

(K0088) 認知症介護 駆け込み寺 <脳の健康>


「葬式仏教」ではない! と、お寺でもいろいろ動きがあるようだ。
 

===== 引用はじめ
 認知症患者や家族を社会から孤立させないために、寺院でできる認知症対策を考えようと、浄土真宗本願寺派総合研究所の有志が活動を本格化させた。専門家と協力し、介護に関する体験講座を今月、京都市内の寺院で開催。
===== おわり
「認知症介護 駆け込み寺 ~ 西本願寺僧侶と専門家タッグ」
産経新聞 2017/07/27 夕刊
写真は、 http://www.sankei.com/west/news/170727/wst1707270071-n1.html より
 

 「8年後には高齢者の5人に1人が認知症になる」といわれるが、現時点では、認知症介護の講座に行っても「認知症の人と話したことがない」という人が、まだまだ多い。認知症がまだ、家や施設の中にとどまっているのだろうか。

 しかし、近い将来、認知症の方が家や施設の中にとどまらず、外に出てくるだろう。「街を歩けば、認知症に会う」時代は遠くない。ということは、認知症の方を家や施設だけでは守り切れなくなり、地域全体が守る体制になっていかないと、対応できなくなる。迷子になったり、熱中症になったり(暑くても厚着する)、交通事故にあったり、ビルの隙間に入り込んで(狭いところがお好き)出られなくなったり、いろいろな危険がある。
 

 そのためには、認知症に対応できる資源(リソース)が必要だ。行政に頼ろうとしても、財源上の制約がある。そう考えると、認知症の側から見ると、お寺は頼りたくなる資源である。


 記事によれば、「高齢者との接点が多い僧侶が役割を果たせる」「僧侶は、お盆や月命日などの読経で檀家(だんか)・門徒の自宅を訪れる習慣がある。各家庭が抱えている事情を知れる立場にあることから、症状の早期発見に加え、行政職員や民生委員らでは気づかない悩みに対処できる」「寺院は、地域に開かれた場所として、講座や集会の会場を提供できる」など強みがあるようだ。

 具体的には、「認知症の知識や介護のコツを広める民間の啓発団体『おれんじ畑』は、加茂さん(西本願寺僧侶)らと協力して今月12日、本願寺派の一念寺(京都市下京区)で初の体験講座を開いた」とのこと。「講師を務めた介護福祉士」「精神科医も加わりわり」「参加した近隣寺院の僧侶や住民ら」、と輪を広げている。

 

 お寺側から見ても、メリットがあろう

 人は、死ぬまでにいろいろな経路を通る。

(0)  全て健康なまま死を迎える
(1) 「体の健康」を失ってから、死に至る
(2) 「心の健康」を失ってから、死に至る
(3) 「頭の健康」を失ってから、死に至る

 
 仏教に「ビハーラ」がある。
例えば、http://www.asokavihara.jp/vihara.html


 「体の健康」は、医者にまかせるとしても、重篤になると「心の健康」も大切になる。仏教で対応できるだろう。「頭の健康」(認知症対策)にも取り組み始めた。葬式はお寺の専門なのだから、一つ手前の領域に入っていくのは、ビジネスとしてのマーケット論からいっても正攻法だろう。

 

 お寺がひとりで頑張る必要はない。自ら中心になって、人々を集めてくれればよい。その人たちは、お寺と馴染みになる。お寺の側からいっても、檀家との付き合いだけでは、これから苦しかろう。

 大規模なお寺や意識の高いお寺が、先頭に立って切り込み、実績・ノウハウをためて、中小のお寺の実施を後押ししてほしい。
 

 認知症の方、家族や地域の方、お寺、みんなハッピーになれば、いいな!

 

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