【 鍋島直樹 ・ reflection 】「何故、私は今の研究をしているのか」と自ら問いかけた結果、「心のぬくもりを届ける」ことにより「最後まで人生を全うできるように支援」し、「死を超えて続く愛をはぐくんでいきたい」と考えているようです。
公開講座「“あなたの そばにいます”~生きることの辛さ悲しさに寄り添う~」(鍋島直樹講師)を聴講しました(2022/02/26)。
【reflection】
講演は、”My reflection”の説明から始まりました。
===== 引用はじめ
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死と死にゆくことは、悲しくつらい。しかし死を通して人生の意味が問い直され、愛の大切さに気づき、生死を超えた仏の大悲を感知する時になる。
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私は院生の時、母が病気になり、「迷惑をかけてすまない。なぜこんな目に遭うのか」と呟く母に何も応えられなかった。僧侶として無力だった。反省して死の苦悩をかかえた人々に心のぬくもりを届けるような仏教研究を志した。25年間、母を自宅で看取った。逃げ出したくなる日も、母は優しく迎え、こちらを労い、浄土に往生した。看護の支援が生きる力となった。
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大悲にいだかれて、人を孤独の中に置き去りにせず、最後まで人生を全うできるように支援し、死を超えてつづく愛を育んでいきたい。
===== 引用おわり
工学で“reflection”は「反射」を表すが、ここでは「省察、内省、沈思、熟考」の意味でしょう。「何故、私は今の研究をしているのか」と自ら問いかけ、その動機を「内省」したところ、「死の苦悩をかかえた人々に心のぬくもりを届ける」にたどり着いた。このようにして、自らの初心、深いところの志を確認したのでしょう。
大学教授だから真理を追究しそうなものだが、「心のぬくもりを届ける」ことにより「最後まで人生を全うできるように支援」し、「死を超えて続く愛をはぐくんでいきたい」と考えているようです。実践的です。そのため、論文から文言を取り出し、それを組み立てるのとは別に、自らの体験を言葉にしているように思えます。自らの体験とは、どういうことがあったのか、どういう話を聞いたのか、そこで自分がどう感じ、どう思ったかです。
私(=藤波)は、外からくる真理と、内からくる真理があるのではないかと思いました。私の場合は、どうしても知識を外からもらってきて、それを整理して「分かろう」とします。
それは、悪いことではなく必要なことだが、それで十分ではないようです。自分のうちにうごめいている何かを「感じ取る」そして、それをとことん吟味し、言葉を探し、自分の言葉で表現することが、鍋島講師が大切にしている”reflection”ではないかと思いました。
【公開講座】“あなたの そばにいます”~生きることの辛さ悲しさに寄り添う~
講師: 鍋島 直樹
氏(龍谷大学文学部教授 神戸市真覚寺住職)
日時: 2022 年 2 月 26 日(土)、 3 月 5 日(土)
会場: 神戸市立総合福祉センター
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私は、2月26日に聴講しました。
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