2018年2月5日月曜日

(K0280)  何故「尊厳生」を定義するのか <インクルーシブ社会>


前回、「尊厳生」を定義したが、その理由を述べる。

(1)  私は「生」に関心があるだけで、「死」には関心が無い

(2)  「尊厳生」という言葉は他の人も使っているので、それとどう違うかを示さなければならない

(3)  言葉の置き換えだけでは意味がない

(4)  詳細に定義することにより、(a)「尊厳生」とそうでないものを見分けることができ、(b)「尊厳生」を得るために何をしなければならないかがクリアーになる

 

【各論】

(1)  私は「生」に関心があるだけで、「死」には関心が無い

 前回にも少し書いたが、私は死んだら終わりで、その先は無いと思っている。だから、「死」そのもの、あるいは、「死後」には関心がなく、死直前までどう生きるかのみに集中したい。「死を考えることは、生を考えることに他ならない」という言葉があるが、そんな回りくどいことをせず、「尊厳死」を考える代わりに「尊厳生」を考えたい。
 

(2)  「尊厳生」という言葉は他の人も使っているので、それらとどう違うかを示さなければならない

  伊藤らは、「尊厳生(そんげんせい)~住み慣れた地域・自宅で最期まで自分らしく老いることができる社会を創造するために~」という論文を「日医大医会誌 2015;11(2)」に寄稿しているが、本文を読んでも「尊厳生(そんげんせい)」の詳しい説明はない
https://www.jstage.jst.go.jp/article/manms/11/2/11_120/_pdf

  2001年、岡田一義は、終末期医療の中でも自分が考える人間としての尊厳を保ちつつ、自分らしく最期の時を生きる「尊厳生」という新しい概念を提唱しました。
「延命治療」を「尊厳死」から考えるのではなく、「尊厳生」から考えようとしている。延命治療を論ずるための概念のようだ。
http://www.geocities.jp/chronickidneydisease/paper.html

  生と死は表裏一体です。最期まで平穏に生き抜いた結果が平穏死です。「平穏死」や「尊厳死」というと血相を変えて反対する法律家や政治家がいますが、「平穏生」「尊厳生」という言葉をつかうと理解されやすくなるようです。
長尾和宏、「延命治療で苦しまず  平穏死できる人、できない人」からの引用である。
https://books.google.co.jp/books?id=qD0uDAAAQBAJ&pg=PT53&lpg=PT53&dq=%E5%B0%8A%E5%8E%B3%E7%94%9F&source=bl&ots=FvhcK_gigr&sig=YmUYb4fhXARDBbz2eo4s-s-cDqM&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwj5gaqAmYzZAhXBk5QKHb_qCQ8Q6AEIRjAF#v=onepage&q=%E5%B0%8A%E5%8E%B3%E7%94%9F&f=false

 三つ、それぞれ違うが、共通点もある。医療・特に延命治療を考えるキーワードとして「尊厳生」という言葉を提唱していること。そして「尊厳」という言葉をごく普通の意味で使っており、「尊厳とはそもそも何か」というところまで踏み込んでいない。

 私は、医療という観点からではなく、いかに自分の人生を生ききるかという観点でみており、そもそも「尊厳をもって生きる」とは何か、という問いかけから検討を進めている。


(3)  言葉の置き換えだけでは意味がない
 「尊厳」の意味を辞書で調べると、例えば「尊くおごそかで侵しがたい」(大辞林。前回出)とあるので、これを使うと、「尊厳死」とは「尊くおごそかで侵しがたい生」である、となる。これは単なる言葉の置き換えであり、何の意味もない


(4)  詳細に定義することにより、(a)「尊厳生」とそうでないものを見分けることができ、(b)「尊厳生」を得るために何をしなければならないかがクリアーになる

 
 
 前回、「尊厳生」を定義した。再録する。

  自立したいと思う人が
  必要な支援を得て
  可能な範囲で自立を実現し、
  本人が「これで良い」としている
生き方


「自立」という言葉がとても大切だが、これについては次回説明する。


 ここでは、(a)「尊厳生」とそうでないものを見分けることができ、(b)「尊厳生」を得るために何をしなければならないかがクリアーになる ~ という観点で確認しておく。

    自立したいと思う人が
a: 本人が自立したいと思わなければ、そこには「尊厳生」はない
b: 本人が自立しようという意思をもつ、あるいは、保つ

    必要な支援を得て
a: 何でも自力でしようとするのは「尊厳生」にふさわしくない
b: 自立するのに必要な支援は何かを知り、獲得する

    可能な範囲で自立を実現し、
a: 不可能な範囲まで自立しようとするのは、「尊厳生」ではない
b: 自分の状態、おかれた状況を客観的に把握し、諦観する(あきらめ、悟って超然とすること。デジタル大辞泉(小学館)より)

    本人が「これで良い」としている
a: 主観がなく、客観的に「これが、尊厳生」だと言えば、それはウソである
b: 本人が、自分の頭で考え、納得する

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