【 読書 ・ 老人力 】独自の考えで、自由な発想で、ということをすぐいわれるが、自分がちゃんとある人はいい。でも自分が大してない人が「自由」な発想でやると、単にめちゃくちゃになる。自分なんてちゃんとない人が世の中には多い。
「自分がちゃんとある人は、自由な発想でやるとよい」は、その通りだが、現実は、「自分がちゃんとある人は」の前提条件が無視され、「自由な発想でやるとよい」だけが残るから変になっている。実際は、「自分がちゃんとある人」は、少ない。
===== 引用はじめ
いまの世の中は自力思想というか、自主独立というか、個人の自由というか、とにかく「自」というものが正義のシンボルとなっている。ものごとは自分で決める。独自の考えで、自由な発想で、ということをすぐいわれるが、自分がちゃんとある人はいい。でも自分が大してない人が「自由」な発想でやると、単にめちゃくちゃになる。
でもそれでいいんだという人もいて、人間の頭というのはいったん「主義」に頼ると、主義以外は判断停止の状態におちいる。
おしなべて、自分なんてちゃんとない人が世の中には多い。それがほとんどだ。本当は「他」にまかせないといけないことがあるんだけど、それは逆にこの世の中の自由主義が許さない、というので世の中はどんどん自由の主義によって硬直していく。
===== 引用おわり
前回は、
(K1648) 限界は必ずあり、超える可能性もある / 「 老人力 」(28)
http://kagayakiken.blogspot.com/2021/11/K1648.html
<出典>
赤瀬川原平、「老人力」、筑摩書房、P.144 ~ P.145
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