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「尊厳死」は「延命措置の拒否」は、乱暴な線引き。「延命措置の拒否」は、救える命も殺してしまうことがある。その時になると、気持ちは揺れ動く。本人が勝手に決めるのは、本人にとっても家族にとっても不幸せだ
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「管に繋がれて生き続けるのは苦痛だろう」は、嘘ではないが、脅しにもなっている。一面のみを強調している。そう単純ではない。「リビング・ウィル」が流行っているようだが、私は、少なくとも当面、書くつもりはない。
「尊厳死」は「延命措置の拒否」と単純化して議論されがちだが、乱暴な線引きだと思う。
(1) 「延命措置の拒否」は、救える命も殺してしまうことがある
(2) その時になると、気持ちは揺れ動く
(3) 本人が勝手に決めるのは、本人にとっても家族にとっても不幸せだ
<展開>
(1) 「延命措置の拒否」は、救える命も殺してしまうことがある
例えばたんの誤嚥(ごえん)で窒息、呼吸が停止し、吸引処置や一時的な人工呼吸器装着で回復する見込みがある場合。「人工呼吸器=延命措置」と単純に拒否してしまえば死に至る。
危機を脱して、再び生を楽しむために、延命処置を受ける。狙い通りになることもあり、残念ながら「管に繋がれた余生」になることもある。延命処置の拒否によって後者のリスクを避けることができても、前者のチャンスを奪ってしまう。とんでもないことだ。
コロナでも、重症患者に人工呼吸器が使われている。人工呼吸器で延命している間に、自己治癒力でコロナに打ち勝ち、無事に退院できている人も多いという。「延命処置」=「悪」は、間違っていると思う。
(2) その時になると、気持ちは揺れ動く
人の気持ちは揺れ動く。8年前に夫が50歳でALSと診断されたという愛知県の女性からのメールには、気管切開をするかどうかの選択を迫られた夫が「生きたい気持ちと生きたくない気持ちがシーソーのようにめまぐるしく入れ替わった」とあった。
そのとき自分たちはどのような判断をするのかは、そのときにならなければ分からない。元気な時に死ぬ間際の事を決めてしまうのは、それこそ、将来における「生きようとする意志」(リビング・ウィル)を押しつぶしてしまうものだ。
(3) -本人が勝手に決めるのは、本人にとっても家族にとっても不幸せだ
後に書く。
<出典>
【「風」読者から~ALS嘱託殺人(6)】「事前指示書」を提示されて(下)
産経新聞(2020/08/08)
添付写真は、
https://www.swissinfo.ch/jpn/%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9_%E9%9C%80%E8%A6%81%E6%BF%80%E5%A2%97%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E5%91%BC%E5%90%B8%E5%99%A8-%E5%A2%97%E7%94%A3%E3%81%AB%E5%A5%94%E8%B5%B0%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC/45630444
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