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事前指示書をきっかけにして、家族がとことん話し合うことができれば、結論が出なくても、双方に幸せをもたらすのではないか。事前指示書により、何の話し合いもなく死んでゆくのは、双方とも不幸ではないか
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前回からの続き
(3) 本人が勝手に決めるのは、本人にとっても家族にとっても不幸せだ
両親が示した事前指示書は「延命措置は拒否」という結論ではなく、最後までともに悩み、話し合い、支えてくれる周囲とともによりよい生き方を模索するプロセスを望んでいるのでないか-
死にゆく人と、「最後までともに悩み、話し合い、支えてくれる周囲とともによりよい生き方を模索するプロセス」こそが大切なのではないか。
延命処置をするか、どうかでは、互いに相手を思うやる気持ちがある時、立場が異なると異なった主張になることもある。
結論に至らなくても、互いの気持ちを伝えあうことにより、死にゆく人は安心して死を迎えられ、残される人は心穏やかに見送れるのではないか。延命処置をしようがしまいが、それは、本当は、一番大切な事とは関係ないのではないか。
わが家の家族会議では
(1) 調べた事柄を説明し、子としてはできる限りの医療を尽くして一日も長く元気で生きてほしいとの思いを両親に伝えた。
(2) 両親は自分の親が延命措置を受けたとき看護が大変だった経験から、同じ苦労をかけたくないのだと主張。
結論としては、会議は平行線で終わったが、皆で話せたことは本当に良かったと思っている。
とのこと。
<出典>
【「風」読者から~ALS嘱託殺人(6)】「事前指示書」を提示されて(下)
産経新聞(2020/08/08)
添付図は、
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