2020年9月3日木曜日

(K1222)  希望がなくなると絶望になる / 「死ぬこと」にも多様性を(2) <リビング・ウィル>



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主治医でもない2人の医師の行為は「犯罪だ」と前置きした上で、《「厳格な条件での積極的安楽死は可能」という選択肢があれば、実行する・しないは別にして、女性の「救いや希望」になっていたのではないか》
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 前回からの続きです。

===== 引用はじめ
 4人のALS患者を在宅で診た経験のある医師の60代男性は手紙で、《生き方に多様性を認めるようになった現代、「死ぬこと」に多様性があっても良いのでは》とつづる。4人のうち2人は延命措置を希望し、残る2人は人工呼吸器をつけずに肺炎で亡くなった。それぞれが悩みぬいた末の結論だったのだろう。
 一方、死に至る薬物を他人が投与する「積極的安楽死」は日本では法的に認められていないが、事件で亡くなった女性は望んだとされる。手紙を寄せた60代男性医師は、主治医でもない2人の医師の行為は「犯罪だ」と前置きした上で、こう問題提起する。《「厳格な条件での積極的安楽死は可能」という選択肢があれば、実行するしないは別にして、女性の「救いや希望」になっていたのではないか》
===== 引用おわり

 《「厳格な条件での積極的安楽死は可能」という選択肢があれば、実行するしないは別にして、女性の「救いや希望」になっていたのではないか》――という言葉は、実に重い。これを別の表現にすると、
 《「厳格な条件での積極的安楽死は可能」という選択肢がないので、実行することはできず、女性に「救いや希望」はない。絶望の淵に追いやる》――となります。残酷すぎないだろうか。

 賛否が論じられる問題は、どちらを取っても、良いことと悪いことの両方があります。こういう問題で、どちらか一方を選ぶしかなければ、どちらかに決めるしかありません。しかし、選択の自由が許容されるなら、各々の悪いことを最小限に抑える努力を前提として、選択の自由を与えるのが良い――というのが私の意見です。

<出典>
【風-ALS患者嘱託殺人(7)】「死ぬこと」にも多様性を
2020.8.11 18:56産経WEST、産経新聞(2020/08/12)

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