2020年6月6日土曜日

(K1133)  自分が認知症と診断されたら / 高見国生さんからのメッセージ(3) <認知症>


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6月末での連載終了に向かっての、高見国生さんからのメッセージ(3)。認知症にならずにすめばそれに越したことはないですが、誰がなってもおかしくない病気です。もしもの時の心構えはしておきましょう
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 認知症になりたくて認知症になる人は、いないでしょう。すると、認知症になった人は、多分、全員、認知症になりたくないのに、なってしまったことになります。

 「2025年には高齢者の5人に1人が認知症に」と言われます。
https://www.ninchisho-forum.com/knowledge/kurashi/003.html
 高齢(65歳以上)になるまで生きたら、20%の確率で認知症になります。だから、自分が認知症になったら、どうしようかということを、認知症になる前に、しっかり考えておかねばなりません。ところが、そういうことを考えると憂鬱になるから、考えたくない、だから、ほとんどの人は、自分が認知症になるかもしれないということを無視して生きています。

 無視して生きてきて、結果として認知症になった人は、その後は、辛い思いをするでしょう。その一方、認知症になっても、周辺症状(BPSD)があまり出ずに、心穏やかに天寿を全うする人も、少なからずいるようです。彼らには、心構えがあったからだと思います。

 高見さんは「もしもの時の心構えはしておきましょう」と言い、3つのポイントを示しました。

(1) 認知症で人生は終わらない
   時間や場所や今の状況が分かりにくくなっても、自分であることに変わりありません。

(2) 手助けを求める勇気を持つ
   「恥ずかしい」とか、「迷惑をかける」などと思うことはありません。

(3) 仲間とともに励まし合う
   認知症の本人も家族も、ひとりぼっちでは頑張れません。

 高見さんのユニークなところは、「認知症になっても社会のためにできることがある」「意気軒高に前を向いて暮らしましょう」と主張していることです。
 「なぜなら、尋ねたり助けを求めたりすることは、認知症の人が困っている内容を相手に知ってもらうことなのです。つまり、認知症の理解者を増やし、「ぼけ」ても安心して暮らせる社会を近づけて、後に続く人たちが生きやすいようにするための行動なのです。」

 認知症になって、「私は私でなくなった。人に迷惑をかけるばかり、私は誰からも必要とされていない」と思う。こう思うと生きるのが辛くなるのは、認知症の人も健常者も、同じではないでしょうか。認知症になっても、そのようなところに落ち込まない。そのための準備をあらかじめしておきたいものです。

 添付図は動画の一部を写したものですが、動画を見て、認知症になっても、「認知症の理解者を増やし、後に続く認知者の人々が理解されながら暮らしていける社会をつくるのに役立つ」という意味で、立派に社会貢献している姿だと私は理解しました。彼女は認知症だが、「私は私」を維持できている。不便ではあるが、人間としての価値は、全く減っていないと思いました。

<出典>
自分が認知症と診断されたら
【高見国生の認知症と歩む】(40) 産経新聞(2020/06/05)

写真は、「実は認知症」伝えて楽に 少しの手助けあれば全然違う
https://www.asahi.com/articles/ASL7J7WX6L7JUBQU00P.html


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