2020年6月13日土曜日

(K1140)  死は、希望なのか、絶望なのか(1) / 自立期と仕上期との間にて(6) <自立期~仕上期>


☆☆
人は死ねば浄土に往生する、と信じられることは、幸せなことだ。信じることができれば、それはまちがいなく実在するからである。死後の世界を信じる時、人は「死とは、希望だ」と言えるようになる。ジハードも然り
☆☆

 死とは、希望なのか、絶望なのか。「死とは、希望だ」と言いそうな人は、どんな人なのでしょうか。
(1) この世に生きているのがとても辛く、それを終わらせられるのが嬉しい
(2) 天国や、極楽浄土に行けるのが嬉しい
(3) 先だった両親や伴侶に、あの世で再開できるのが嬉しい
(4) 生まれ変わって、新しい人生に挑戦できるのが嬉しい

 このうち(2)(4)に共通しているのは、死後の世界があると信じていること。全てに共通するのは、この世に未練がないこと。


 私は、死を希望とは思わないが、死とは、生を奪うものではなく、生を終わらせてくれるものだと思っています。死後の世界があるかどうか、私にはわかりません。しかし、どんなに嫌なことがあっても、辛いことがあっても、必ずどこかで終わることができると考えると、私の心は落ち着きます。
 ただ、今後、今にも死にそうになった時、今と同じか違うかは、わかりません。

 話が飛びますが、… イスラーム教徒のテロリストは、天国に行けると信じているそうです。
===== 引用はじめ
 ジハードは、イスラーム教およびイスラーム教徒(ムスリム)を迫害する不信心者(異教徒)との戦いをことで、 … 異教徒との戦いはムスリムの義務の一つであるが、その戦いで戦死した者は天国に行くことが出来ると信じられていて、最近のアラブ側の自爆テロまでその精神は継承されている。
===== 引用おわり
https://www.y-history.net/appendix/wh0501-025.html


===== 引用はじめ
 人は死ねば浄土に往生する、と信じられることは、幸せなことだ。信じることができれば、それはまちがいなく実在するからである。
===== 引用おわり
五木寛之、「新老人の思想」、P.137

写真は、Wikipedia『極楽』


0 件のコメント:

コメントを投稿