2019年4月6日土曜日

(K0706) 「寄り添うしかない」に逃げる / 「寄り添いに求められるもの」(3) <後見と電話相談>

 
 前回見たように、スピリチュアルペインに苦しむ人に、「こうしてあげたら解決できる」というような解決策は無い。しかし、放っておくことはできない。では、何ができるか。行き詰ると「寄り添うしかない」と言いはじめる。
 
 「しかし」と藤井講師は続ける。「寄り添うとはなにか、はっきりしないままに、多くの人がそう発言している」。
 身が引き締まる。
 
===== 引用はじめ(箇条書き形式に変更)
 寄り添いとは
   物理的に傍にいること?
   励ますこと?
   苦しみを理解すること?
===== 引用おわり
藤井美和、『死生学とQOL』関西学院大学出版会 2015年、P.183~「第6章」
 
 寄り添うことが難しいことを、実例で示された。
 

   物理的に傍にいること?

 ある女学生が「黙っていても、そばに座っていることが大切」と教わり実践した。部屋に入り、黙って椅子に座り、予定時間が終わったら出て行った。彼女が返ってから「黙って座られるとしんどい」というつぶやきがあったという。沈黙も大切だが、それは信頼関係があっての沈黙。単なる沈黙は苦痛でしかない。
 

   励ますこと?

 励ますことにより、励ます人が良い気分になる。それだけのこと。励ます人にとって良い事しか、励ます人は言わない。
 励まそうという気持ちはうれしいが、そこまでだろう。
 

   苦しみを理解すること?

 傾聴・共感が大切だと、「大変でしたね」と言いながら、学生が話を聞いていた。最後に話していた人が怒りだした。「『大変でしたね』と言ってくれるが、君に僕の苦しみがわかるのか?」
 
 
 寄り添おうという気持ちはあるが、「寄り添われた人」は寄り添われたとは感じていない。
 


 以下は、私(=藤波)の感想
 
======
 何故「寄り添うしかない」という結論に達したかと言うと、それまで寄り添えていなかったからではないか。その人が「寄り添うしかない」と言ってみたところで、寄り添うことはできないだろう。
 色々やってみたが、どうもうまくいかない。これとは違うことをしなければならないと「発見した」。 something else”(何か他のもの)。ところが、それが何かわからない。聞くところによれば「寄り添う」が大切らしい。ならばとラベルに「寄り添う」と書いて「何か他のもの」に貼り付けてみた。それが「寄り添うしかない」の実態ではないか。
 
 講師から「物理的に傍にいること?」「励ますこと?」「苦しみを理解すること?」と言われると、それではなさそうだと勘は働く。しかし、「それではないもの」を探しに行っても、やはり見つからないのではないだろうか。
 「物理的に傍にいること?」「励ますこと?」「苦しみを理解すること?」とは別の世界、次元の違う世界に「寄り添う」はありそうだ。
=====
 
続く。
 

<出典>
藤井美和、「寄り添いに求められるもの」、連続公開講座「生きづらさの中を生きる」(社会福祉法人神戸いのちの電話主催)、神戸市立総合福祉センター、2019/04/04

0 件のコメント:

コメントを投稿