「売れない週刊誌 おやじ系路線で生きる術なし」という見出しが気になった。
このブログは、「少子高齢社会において、輝き続ける人生を全うすることを目指し、個人の発達と社会システムの構築を促します」を目指している。「おやじ系」で生きようとすると、「読まれないブログ」になってしまうのだろうか。
1.
輝いていた週刊誌
2.
週刊誌が読まれなくなった理由
3.
気を吐いていた『週刊文春』も、部数は減り続けている
4.
『週刊現代』と『週刊ポスト』は、生ネタを入れにくい
5.
最近の週刊誌動向
6.
自らが終活の道に進み始めた週刊誌
7.
どこに問題があるのか
8.
このブログの方向性
【展開】
1.
輝いていた週刊誌
私(=著者・元木正彦氏。以下、同じ)が現代の編集長だった平成7年は、阪神・淡路大震災に見舞われ、続いて地下鉄サリン事件が起きた騒然とした年であった。
情報を求めて読者は何冊も週刊誌を買い、むさぼるように読んでくれた。今思えば、この頃が週刊誌の黄金時代だったと思う。
2.
週刊誌が読まれなくなった理由
(1) 「新聞、テレビにできないことをやる」。これが出版社系週刊誌の存在理由である
(2) 週刊誌が読まれなくなった要因はいくつもある。だが、一番大きな要因は、週刊誌にしかできないテーマを見失ってしまったことと、週刊誌の最大の読者層であった団塊世代が年齢を重ね、定年、年金生活、高齢者になったことだと、私は思っている
3.
気を吐いていた『週刊文春』も、部数は減り続けている
(1) 多くの週刊誌が元気のない中、新谷学編集長率いる『週刊文春』だけがスクープを連発し、気を吐いた。特に、政治家から芸能人まで、これほど多いのかとあきれるほど「不倫」情報が毎週のように誌面に載った
(2) だが、その文春砲にも陰りが出てきた。新谷編集長が交代したこともある。雑誌は編集長のものだから、同じ雑誌でも編集長が替われば中身も変わる。それに、あれほどスクープを放ったにもかかわらず、部数は減り続けている
4.
『週刊現代』と『週刊ポスト』は、生ネタを入れにくい
現代と『週刊ポスト』は元々、木曜日校了で月曜日発売のため、生ネタは入れにくい。その上、人員や経費を削減されたから、現代は早々に事件やスクープを追うことを諦めたようだ。
5.
最近の週刊誌動向
(1) 私が現代の編集長だったとき、40歳前後だった読者平均が今は60歳前後だろう。その世代にターゲットを絞り、「死ぬまでSEX」「60歳を過ぎたら受けてはいけない手術」「飲んではいけない薬」と、性と健康に絞った企画をやり始めた
(2) それが一段落すると、次に、団塊世代を親に持つ団塊ジュニアをターゲットにして、40年ぶりに大改正された相続法を詳しく解説する特集を始めた。それが当たったのだ。文春、新潮、女性誌までが相続特集をやり始めたのだ。これがロウソクの火が消える前の一瞬の輝きでなければいいが
6.
自らが終活の道に進み始めた週刊誌
(1) おやじ系週刊誌が生き残る術(すべ)はもはやないと思う。団塊世代が後期高齢者になる2025年までだろう
(2) だが、消えていく前に、今一度原点に立ち返り、不倫や密愛ではない、週刊誌にしかできないスクープを見せてほしいものである
(3) 週刊誌よ、自らが終活の道に進んでどうする
7.
どこに問題があるのか
先日亡くなった作家の橋本治氏が自著『思いつきで世界は進む』(ちくま新書)で、おやじ系週刊誌は金の話とセックス記事ばかりで、社会で起きていることを伝える記事がほとんどなく、「閉じつつある自分のことしか関心が持てない」と嘆いている。
8.
このブログの方向性
このブログでは、不倫もセックスも取り上げていない。健康やお金の話題に、たまに触れている程度だ。考えて見ると、このブログは「閉じつつある自分のことしか関心が持てない」に抗っている。実際にどの程度読まれるかはさておき、このブログの方向性に間違いはないと思った。
<出典>
元木昌彦、売れない週刊誌 おやじ系路線で生きる術なし【iRONNA発】 産経新聞(2019/04/2)
【iRONNA発】売れない週刊誌 おやじ系路線で生きる術なし 元木昌彦氏
https://www.sankei.com/column/news/190422/clm1904220004-n1.html
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