最近は少し下火になったようだが、「終活」という言葉をよく聞き、その中に「断捨離」が入っています。私は、何でもため込むばかりで、断捨離をしていません。本当に役立つか怪しいものをたくさん貯め込み、肩身の狭い思いをしています。
私が何故、断捨離できないのか考えてみました。
①
今日、断捨離しなくても、明日、断捨離することはできる
②
今日、断捨離すると、明日、後悔しても取り返しがつかない
要するに、断捨離して後悔するのが怖いのです。実際、「断捨離 後悔」で検索すると、たくさんの記事が出てきます。
最近、新聞の人生相談で断捨離の話が出てきました。
===== 引用はじめ
断捨離にはまり、気づけばかけがえのないものまでごみ扱いをして捨ててしまったことを後悔しています。父が作ってくれたアルバム、母からもらったネックレス、友人からの手紙…。それを私に贈ってくれた人の気持ちを考えずに捨てて、取り返しのつかないことをした、と悔いています。
人間関係もかなり断捨離してきました。誰とも会いたくなかった時期があり、携帯電話から友人のメールアドレスを大量に消したり、電話番号を変更しても人に知らせなかったこともあります。今では一方的に関係を断ったことを申し訳なく思います。
気持ちは晴れず、もやもやしっぱなしです。どうしたら心の整理がつきますか。
(神奈川県、30代、主婦)
===== 引用おわり
それでも、断捨離は必要だし、断捨離をするメリットもあるだろうことは認めます。
ただ、肩身が狭いからという理由で断捨離をすると、きっと後悔するだろうなと思います。断捨離できない、していないことに、私は多少の罪悪感をもっています。しかし、その罪悪感を払拭させるために断捨離をしたら、きっと間違えると思います。
断捨離は、「断捨離しなさい」と言われたり「断捨離しなくてはいけない」という思いからするのではなく、「断捨離したい」と思ってするものでしょう。「断捨離の勧め」は、きっと自分がやって良かったからの善意のアドバイスだと思いますが、私は何となく嫌です。
続く。
<出典>
私は薄情なのでしょうか
【橘ジュンの人生相談】 産経新聞(2019/07/15)
https://www.sankei.com/premium/news/190721/prm1907210005-n1.html
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