2019年11月27日水曜日

(K0941)  延命治療の非開始または中止 / 平穏死(A-18)<臨死期>

 
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延命治療の非開始か中止かで、大きく違う。中止すると、医師や家族が罰せられる可能性がある。実態は、あうんの呼吸で尊厳死が存在している。尊厳死を法制化しようとしているが、反対がある。日本は特殊な国だ
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 日本における尊厳死とは、「本人が直接言うか、リビングウイルを文章で示している人が、2人以上の医師によって不治かつ末期とされたときの、延命治療の非開始または中止」という意味です。「非開始」と「中止」のうち、「中止」のハードルが極めて高いのが、日本の現状です。
 

1.   延命治療の「中止」

1.1.  下手をすれば、殺人罪として、医師や家族が罰せられる可能性がある
 たとえさまざまな条件を満たしていたとしても、延命治療の中止は現場の医師にとっては大変怖い事です。

1.2.  実態は、あうんの呼吸で尊厳死が存在している
 調査によると、2割ないし5割もの医師が「延命治療を中止したことがある」と答えています。実態は、本人や家族の意志を尊重して、あうんの呼吸で尊厳死が存在すると想像しています。

1.3.  幸福追求権
 人は誰でも尊厳ある死を選ぶ権利があり、これは憲法第13条に定められた幸福追求権です。

1.4.  尊厳死法制化を考える議員連盟
 延命治療を中止しても(つまり尊厳死を選んでも)、医師は責任を問われないという免責を法律で担保すべきです。本人のリビングウイルが文章で示されていて、家族も同意すれば、2人以上の医師が不治かつ末期と判断したら、延命治療の「中止」は許されるのではないか

1.5.  医師のための法制化か?
 法曹界や宗教界、難病や障害者団体などから反対意見が出ている。「医師のための法制化」だと新聞にたたかれたが、本人のためにリビングウイルの法的担保を求めているだけです。
 

2.   延命治療の「非開始」
 たとえば高齢者が“干し柿”状態になり、ものを食べるのが難しくなったとき、胃ろうや経鼻胃管をしない、あるいは緩和目的以外の点滴などの処置をしない結果が平穏死です。
 
 
<出典>
長尾和宏、「平穏死 できる人、できない人」、PHP研究所(2014)P.74-77
 
平穏死は法的にどう解釈される?【患者が過剰な延命治療を求めていないという理解にとどまり,通常の治療は行われるべき】
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=3928

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