2019年12月8日日曜日

(K0952) 『死にたくない』(蛭子能収) <臨死期>

 
☆☆
「いつも柔和な表情を浮かべつつ、周囲の人の意表を突くマイペースで率直な発言が魅力」の蛭子能収さん。生きること、死ぬことについても、ごく当たり前のことを、シンプルに語る。難しく考えず、素直に考えよう
☆☆
 
===== 引用はじめ

 とにかく、人生の目的は死なないこと。死んでしまえばそれ以上何も楽しいことはないので、とにかく生きている方がいい。人生がつらくて死にたいと思う人もいるかもしれないけれど、何と比べても生きているということには勝たない。
===== 引用おわり
 
 「結局のところ、人生においての最優先事項との何か」 ~ 蛭子さんのたどりついた答えは、ごくシンプルだ。
 これで、いいと思う。複雑にしても意味がない。何故「人生の目的は死なないこと」なのか疑問に思い、考えたい人もいるだろうが、私は、疑わず、ここからスタートしたい。生きるということは、生きることにつきる。それ以上でも、それ以下でもない。
 
===== 引用はじめ
 死ねばどうなるのか。正確なところは誰にもわからないが、自分という存在がなくなってしまうことは恐ろしい。いくら達観したり覚悟があるようなことを言ってみたりしても、「本当はみんなだって、絶対に死ぬことを恐れながら生きているはず」という。書名の「死にたくない」は、本心からのつぶやきだ。それを子供っぽいなどと恥じることなく、まずは自然な感情をごまかさずに素直に認めよう。蛭子さんは、そう進める。
===== 引用おわり
 
 できることは、できるだけ長生きしよう、できるだけ健康を維持しようと努めるところまで。それでも、体は弱っていくだろう。気力も自然に衰え、「生きよう」という意欲も弱り、死に至る。それでよいのではないか。そのためには、事故にあわないようにしなければならない。
 
 やりたいことを、やれる範囲で、やれる時まで追い続ける。その後は神様が決めること。思い悩んでも、いかようにも出来ない。死が向こうからやってきて、やがてすれ違う。天寿を全うするということは、そういうことではないだろうか。逃げることなく、避けることなく、前に向かって進みたい。
 
<出典>
蛭子能収、余計な摩擦、最小限に
産経新聞(2019/12/07)
 
<紹介された本>
蛭子 能収、『死にたくない 一億総終活時代の人生観』 (角川新書)2019/10/10

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